法律の窓口、その展望を探る
世界では新興国と先進国と開発の遅れた国など、その文化も様々に無数の国が存在する。2011年には、70億を超えたとされる数の人間が生きるこの地球上で、同じ人間同士でこうも違うのかという格差や貧富の差、それだけでは表せない幸福感の違いが実在する。
人間という種族は自らの動きや自由を制限することで、足並みを揃えて互いの命を守ろうとする生き物である。人間はその制限を法律というルールで取り決め、全世界、各国で様々な法律があり、それに沿って行動している。
法律の原型は、人間が人間を殺してはならないという単純なルールから、グルーピングが出来た時になわばり争いを避けるための通例などにさかのぼる。しかし、人間の素晴らしい知恵と努力で言葉を創出し、更に言語の共有を図り、法律という文化を広めた。
現代社会において、法律は我々の人間として生きる権利や、自由に生きる命の権利を世界中の誰もが持つと言われている。しかし、内紛を起こしている様な治安の悪い国々では、危険と隣り合わせで暮らさざるを得ない状況で、どうにもしようがない待ったなしの現実があり、先進国では考えられない様な法律の届かない非日常の毎日を過ごす国民もいる。
法律で人は抑制され、他人を尊重し、命の奪い合いを避け、自由と平和を約束されるとすれば、命や人権に価値など存在せず、生命保険に至っても、同じ命の価値が査定されてもおかしくないのだが、現実は違う。経済の発展が遅れている国々では、生命保険というのは存在すらしない事がある。
生命保険は人によっても、国によって、人種、年齢、性別、健康状態、生活環境によっても変わってくる。これは命の価値ではないだろうか。
法律によって定められたルールの中、同じく生きる人間でも、少し環境が変われば命の価値が変わる。それでは、法律は何を守っているのか、もはや秩序も何も守れるものはそこには無いのではないか。
一度、敗北を経験する国々は、言葉を抑制され、宗教を抑制され、音楽を抑制され、教育を抑制され、その傷は解放されたその後も根強く残る。そのひとつに、他国から強制的に取り決められた法律を未だに残して守らされている事もある。
我々日本もその一つである。19世紀初頭の日本はアメリカの支配下にあり、法律を改定され、その法律は今も根強く残り、世界に対して国際競争の出来ない法律を敷かれている。
それでは、今後の世界で人類が平和と自由と愛をもって生きる為に、法律で守れるものは何か、この問題を考えるにあたり、法律を追加するのでは無く、法律を無くしていける方向に向かうのが人類の課題では無いだろうか。
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